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ろーど おぶ ろーず

詩編96編1〜9節 「Lord of Lords」  2018.9.16

▼詩編96編の最大の特色は、唯一の神ヤハウェこそがこの世の神々の中の神(Lord of Lords)であると、普遍的な立場から見ている点にある。詩人の視座がイスラエルだけでなく諸民族、さらに被造物世界全体に及んでいる点だ。比較して、本詩と同じく「新しい歌を主に向かって歌え」と始まる詩編98編は、「イスラエルの家」、「わたしたちの神」(3節)という、イスラエル限定の神理解である。これに対し詩編96編は「全地に」、「諸国民に」呼びかけよと訴える。
▼ヤハウェこそ普遍的な唯一の神であると詩人が主張する理由が5節に記される―「諸国の民の神々はすべてむなしい」、「主は天を造られ」。この詩人は明らかに創世記の天地創造の思想を受け継いでいる。本当の神は、創造という業を行なったという一点において、あらゆる神をはるかに超える唯一の神だと言うのだ。天地を造られた神をほめたたえるという「創造信仰」は、神が天地を創造したゆえ、神以外の、目に見える地上の何ものをも絶対化することを許さないという信仰であり、ましてや、特定の民族や集団を絶対化することは許されない、という信仰である。
▼ナザレのイエスの根底にあったのも、創造主なる神への信頼であった。イエスは神をアッバ(お父ちゃん)と呼び、創造主なる父と、その父の創造した自然や人間世界に、無邪気なほどの信頼を寄せた。「空の鳥を養い、野の草花を装い(マタ6:25)、悪人にも善人にも太陽を昇らせ、義なる者にも不義なる者にも雨を降らせて下さる(5:45)」神への徹底した信頼である。一方イエスは、ひとたび己を選ばれた者として絶対化するような人間に対しては、「徴税人や娼婦たちの方があなたたちより先に神の国に入るだろう(マタ21:31)」と言って、人の信仰がこの世の業績や修行とは全く関係がないことを語った。
▼「栄光と力」は民を支配するかに見える地上の権力者にあるのではない。真の栄光と力を帰すべきは天地万象の創造者である神ヤハウェ以外には存在しない。そうした、地上のいかなる絶対権力をも相対化する視座が、詩編96編には象徴的に描かれている。
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