2026年度 宣教方針
                           甲南教会 主任担任教師 山田 雅人
 
 年間標語聖句
  『平和を造る人々は、幸いである
    その人たちは神の子と呼ばれる。
』
     (マタイによる福音書 5章9節)(日本聖書協会訳)

  イエス・キリストは「平和を実現する(造る)人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」と言いました。「平和を実現させる人、平和を造り出す人が幸い」と言われているところに注目したいと思います。平和を願ったり、平和を祈ったりする人が幸いなのではなく、平和に暮らす人々が幸いなのでもなく、あくまでも「平和を造り出す人」が幸いであるのだと、イエスは語っています。新共同訳は「平和を実現する人々」、聖書協会訳は「平和を造る人々」と訳していますが、原語は「平和建設者(エイレーノポイオス)」、英語はpeacemakerです。

 「エイレーノポイオス、平和建設者は幸いである。その人は神の子と呼ばれる」−「平和建設者」とはローマ皇帝を指し、「神の子」とはローマ皇帝に対する尊称でした。そういう時代にあって、イエスはあえてそう語りました。もちろんイエスがローマ皇帝こそ神の子であり、平和建設者であるなどと考えていたはずはありません。むしろイエスもローマ軍によって痛めつけられていた民衆の一人でした。そういうイエスがこの言葉を語ったのだとすれば、これは相当のアイロニー、皮肉であり風刺です。

 また、この言葉が語られた前後関係の中で理解するなら、「平和を実現する人々」という言葉は、「心の貧しい人」や「悲しむ人」「義に飢え渇く人」「義のために迫害される人」と 並列されています。つまり、イエスの言う「平和建設者」とは、貧しく、飢え渇き、悲しみ、迫害される人々の側にあります。莫大な富を持ち、正義を独占し、正義を振りかざして支配し、反対する者を迫害する、そういう側にイエスは平和を実現する者を想定していません。

 イエスはこう言おうとしたのでしょう−「世の中ではローマ皇帝が平和建設者と讃えられ、自ら神の子を名乗っている。しかし本当の平和建設者はあなた方なのだ。貧しく、義に飢え渇くあなた方、まことの義を求めるゆえに迫害されるあなた方、あなた方こそ平和建設者であり、あなた方こそ神の子なのだ」。私たちはこの言葉に接して、今日平和というものをどう考えるのか、どういうスタンスに立って平和を求め、平和を祈り、働くべきなのかということを示されます。

 巨大な軍事力が貧しい人々や罪なき幼子たちに爆撃を加える時代、巨大な軍事力を持つ者を正義と呼び、巨大な軍事力によって押さえつけられている状態を平和と呼ぶ時代の中で、私たちはイエスの視点にこそ留まり続けたいと思います。私たちはどこに立ち、どのような人たちと手をつなぎ、祈りを合わせるのか。イエスの言葉を心に刻みつつ、平和を実現する道を模索し、そしてイエスの言われた「幸い」に与りたいと思います。



・初年度(2018年度)から継続している宣教方針

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