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アモス書 7章 10〜17節 「語らずにいられない」 山田雅人 2018.6.17

▼アモスは記述預言者の先駆であり、ホセアやエレミヤの先輩にあたる。世の不正に対するその厳しい批判精神は、のちの預言者らだけでなくイエスにも影響を与えている。紀元前8世紀中頃、南王国ユダで生まれ北王国イスラエルで預言者として活躍した彼は、「家畜を飼い、いちじく桑を栽培する」(14節)、牧者であったと記される。
▼アモスの活躍した当時の北イスラエルの支配階級は、その繁栄のゆえに奢り高ぶり、貧しい人々や社会的弱者たちを苦しめていた。アモスはこの支配者たちの横暴を批判し、ついに北イスラエル王国の滅亡を預言する。彼は最初、イスラエルの民を神の審判から救おうと執り成すが、やがて当時の支配階級の腐敗、堕落ぶりが神の審判を避けられないことを確信する。彼の激しい預言は、王国に対する反逆と受け取られ、ベテルの聖所から追放される。
▼「獅子がほえる 誰が恐れずにいられよう 主なる神が語られる 誰が預言せずにいられようか」(3:8)―アモスが神からの召命を受けた時の言葉である。彼は祖国を愛するゆえ、そして祖国の人々を愛するゆえ、人々の悪と不正を正すべく、神の言葉を語り続ける。人々を愛するゆえにこそ、国が滅びると言う厳しい神の審判の言葉も語らざるを得なかったのである。
▼アモスの後継者の一人、預言者エレミヤは神から召命を受けた時、「ああ、わが主なる神よ わたしは語る言葉を知りません。わたしは若者にすぎませんから」(エレミヤ1:6)と拒否をする。しかし神はすかさずエレミヤに「若者にすぎないと言ってはならない。わたしがあなたを、だれのところへ遣わそうとも、行って わたしが命じることをすべて語れ」(1:7)と言って、彼を派遣する。この、主の召命と派遣こそが主に仕える者、教会に仕える者の存在の根拠である。
▼アモスもエレミヤも、そしてイエスも、神の召命を受け、神に派遣されて、人々に神の言葉を語り続けた。我々は彼らの中に、主に取られ、主の召命に服した者の典型的な姿を見る。主と教会に仕える我々は、自分の力のみに拠って立とうとすれば迷い、揺れるものだが、主の命令に服する者として立つ時に、他からの威嚇や圧力、自らの弱さや無力に、耐えることができるのだろう。
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