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ヨハネによる福音書 15章1〜11節 「unsung hero」  山田 雅人  2018.4.29

▼ヨハネ福音書のイエスは、人と人とのつながりの中にある命と隣人愛を、ぶどうの木に譬えて語る―「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」。自分の力で立っていると思いがちな人間に、イエスは否を宣言する。枝は自らの力では実を結べず、本来の主役は木の幹であり根である。ところが、収穫の時に実を結ぶのが枝であるため、幹や根やその背後にある農夫が注目を集めることは少ない。イエスは目に見える実を結ぶ枝ではなく、その背後にある目に見えないもの(unsung hero=賛美されない英雄)に注意を促す。
▼この世のぶどうの木は、収穫をもたらしてはくれても、持続的に幸福をもたらしてはくれない。この世のパンは腹を満たしてはくれても、永遠の命を与えてはくれない。この世の光は暗い場所を照らしてはくれても、心の闇を照らし出してはくれない。だからイエスは「わたしがまことのぶどうの木」「わたしが生命のパンである」「わたしがまことの光なのだ」と語るのだ。人はこのイエスの言葉に出会ってはじめて、この世には永続するものが何もない、ということに気づく。
▼イエスが「私を通らなければ誰も父のもとに行くことができない」(14:6)と言っているように、永遠に枯れることのないぶどうの木であり、魂の糧をもたらしてくれるパンであり、心の闇を照らしてくれる光であるイエスが、目には見えなくても確かにおられることに気づいて初めて、我々は神を知るのだろう。
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