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トップ  >  甲南教会  >  各種報告レポート  >  「共に生きタイ」  大川大地神学生 09/01/28 掲載
共に生きタイ!  大川大地(2008年度〜2010年度神学生)

 「タイに行って自分を変えたい、タイで素晴らしい経験をしたい。」そう思って私は今回のスタディーツアーに参加しました。実際に、スタディーツアーでの14日間は上手に言葉に出来ないほど、濃ゆい、とってもとっても素敵で幸せな体験でした。
 しかし、それでは不十分なのだ、と原先生(*)はやさしく私たちに教えて下さいました。『私たちはお金があるから行こうと思えばいつでもタイに行ける。しかし、タイの人たちはいつでも日本に来れるわけではない。そういう「イコール」ではない状況、その中での私たちの一方的な出会い。それは、経験の「シェア」ではなく、経験の「一方的収奪」ではないか?』原先生から、その言葉を聞いた時、胸が震えたのを覚えています。
 私は、同志社大学神学部に入学する前は、山口県の岩国市というところに住んでいました。岩国市には、とっても巨大な米軍の海兵隊の基地があります。私の父が牧師をしている岩国教会は、米軍に抑圧されている人たちと「共に生きよう」とし、米軍基地の暴力と必死に闘っている教会です。岩国の悲惨な現実を覚えて、全国からたくさんの人が岩国を、岩国教会を訪れてくれました。しかし、その中にはただ「頑張って下さい」とだけ言って、帰っていく人たちもいます。岩国に住んでいた時、そのような人たちに疑問を感じたのを覚えています。「頑張ってって、岩国は、岩国教会は必死で頑張っているのに・・・。」もちろん、私にほかの人を非難する資格などありませんし、他の人の在り方を問うているつもりもありません。しかし、あえて言うなら、それは基地の街の現実に住む者としての「生理的な反発」だったのではないか、と思います。
 しかし、タイでの14日間、私はどのように生きたでしょうか。たくさんの生活の場を訪れ、今まで知らなかったタイの現実に触れ、タイで生きる人たちをこの目で見て、その14日間、私はどのような在り方をしたでしょうか。私はタイで出会った友人たちに「頑張って」としか言えませんでした。少数山岳民族で、親の収入が足りず、寮で毎日を生きながら勉強している子ども達に「頑張って」としか言えませんでした。いや、自分の理解の範囲を超えた「非日常」に、 ―大都会のバンコク、きらびやかな寺、バンコクの日本語だらけの歓楽街、めちゃ辛いタイ料理、はじめて会った奴と弾いたギター、タイで出会った友人や子ども達の笑顔に、― 単純に感動したり、理解できず悩んだり、いろいろ考えたり、で自分の思いを言葉に出来ず、「頑張って」すら言えない自分もいました。
 私は日本に帰って来て、タイで出会ったすべての人たちから、そして何よりも神からあたたかく問われているのだと思っています。「それでは、あなたは、日本でどのように生きるのか?」と。私は、タイでの出会いを「経験の一方的収奪」にはしたくありません。タイで出会った友人たちとイコールな関係であり続けたいのです。ですから、私は、これからその問いかけの答えを一生懸命探しながら生きていこう、と思います。次にタイの友人たちと出会う時には、自信をもって、自らの主体をかけて、「頑張って」ではなく、「一緒に生きよう!」と言いたいのです。タイの友人たちと、子ども達と、出会ったすべての人たちと、そして神によっていつでもつながっている人たちと、共に出会いを喜び合い、「シェア」するために、私は「共に生きる生き方」を探しながら生きていきます。
 そのように思うようになれた第一歩が、今回のスタディーツアーでのすべての「出会い」だったのです。本当に、たくさんの「出会い」にラブル!!(カレン語で「ありがとう」!)


(*)原先生 → 原誠氏、同志社大学神学部教授、本スタディーツアー引率者
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